PEOPLE

Hono Ueharaリデアカンパニー執行役員 ウィメンズエグゼクティブスーパーバイザー

植原 ほの

TITLE1991年

2017.06.20

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懐かしシリーズ、90年代の第2弾。

1991年。91年といえば、日本は若貴兄弟の話題が持ちきりで、尾崎豊のI Love Youで多くの人が、あの切ない歌声に泣き、ソ連(当時の国名は、ソビエト社会主義共和国連邦)からゴルバチョフ大統領が訪日し、夏に軟禁され、年末にはソビエト連邦が崩壊。アメリカの栄華を象徴するパンナム倒産、そして、日本は、まさに90年代は「失われた10年」と言われ、不安が入り混じり始めた空気を思い出します。

あの頃、そういえば、不思議な女の子と出会い、『不思議亭』という、バーに行っては、なぜか、ボブ・マーリーを聴きながら、ソファでテキーラを飲んでいたことを思い出しました。某有名大学の入試に行って、急に雨が降ってきて、傘をささずに歩いていたら、傘をふとさしてくれたその子は、「よかったら入りませんか」と、妙に丁寧な言葉遣いで、傘を差し出してくれました。もちろん同年齢の受験生。「私、マイティっていうの」と自己紹介してきた彼女は、確かに、ちょっと日本人のようなハーフのような、少しエキゾチックな顔だちで。

試験が終わったあと、お茶しませんか、と、またどこからか、かけ寄ってきて、「あ、さっきの・・・」とお茶をしたのがきっかけでした。

あとでわかったのは、彼女は留学をしていて、それで、「マイコ」というのだけれど、「マイティ」と呼ばれていたそうで、当時は、そんな子は珍しく、とっても世界観をもった素敵な女の子でした。雑多で、なんとなく、ある意味「ザ・トーキョー」を感じさせる下北沢が本拠地(?)で、下北沢の『不思議亭』というレゲエのレコードをかける不思議なバーによく行きました。特に、なにを話す、というわけではないのだけれど、なんとなく、今にも本当は壊れそうなミステリアス彼女が気になって、飲みに付き合っていた訳です。

彼女は、90年代の当時から写真が大好きで、カメラマンの師匠のところで、暗室に入り、写真を現像する、という話をよくしてくれました。大学を卒業するころ、彼女は少し進路に悩んでいて、電話をしても連絡が取れなくなり、手紙を書いても戻って来なくなりました。

91年ごろのわたしの原風景。

心の引き出しの中にある、少し不思議な風景です。

社会人になって、もう一度、行って見よう、と一人であの場所に行ってみたのですが、あるはずの場所には何度通っても見当たらず、彼女と一緒にバー姿を消してしまいました。

もし、あの『不思議亭』で、もう一度、マイティと待ち合わせしてテキーラを飲むとしたら、ボブ・マーリーのころ、つまり70'sを思わせるオレンジのワンピースに、ビンテージのゴールドネックレスを2重につけて、左手にチェーンのコインつきブレスレットを3重にジャラジャラつけて、サイモンの大きなフープに、靴は華奢で気をつけないと折れそうなサンダルを履いて行きたいな、と。

そして、あの頃のように、静かに、なにを話すでもなく、レゲエを聴きながら、テキーラを飲むのもいいな。

TITLETokyo

2017.06.10

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最近、東京が美しい。

外国人ゲストがたくさん日本を訪れ、そして、日本を発見し、感動して帰っていく姿に、日本を再発見している、、、そんな日本人が多いに違いない。

私もそのひとり。

南青山から、銀座店に本拠を移したこともあってか、インターナショナルな目線で東京が見えてくる。

東京の魅力。それは、新しいものを受け入れながらも、どこか日本人独特のノスタルジィを感じさせるところ。

いつの間にか、ファッションやカルチャーの発信地になったことへの違和感と自尊心。

にわかに人気者になって、急に評価に追いつかなければならなくなったアイドルに似ている。

この間まで、見渡す限り、同じ眼の色をした仲間ばかりだったのに、急に、青い眼の人、違う言葉を話す人、雲の上の人までもが、賞賛し始めた・・・?そんな現実という鏡を通して、自分たちを見直している、そんな感じ。

こうして、フレームを通してみる日本は、実はとっても素敵な舞台。

舞台には、俳優がいて、女優がいて、音楽があって、詩があります。

さあ、今日は、どの舞台に立ち、どんな服を着て、どんな仕草でコーヒーを飲もうか・・・・・・そんないちにちの始まりの妄想も悪くないな、と。

TITLE1990年

2017.06.06

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極めて個人的ではありますが、今、1990年代がとても気になります。90年代のベストヒットシングルを聞いていたら、本当にすごい時代だったなぁ、と。

隠すことでもないので、1990年というと、大学生になったばかり。大きな大地、札幌育ちのわたしが東京生活を始めた年。

その時は、気がつかなかったけれど、90年代の始まり1990年には、ウェブが誕生し、湾岸戦争が始まり、スーパーファミコンが発売になって話題になる、ちびまるこちゃんが最高視聴率を記録して、世の大学生はビバリーヒルズ青春白書にハマっていました。(あ、これは、わたしのことですが・・・・・・)

ディスコも全盛期で、芝浦には有名なゴールドがあり、世界ツアーを敢行するマドンナは、セクシーなゴルティエの衣装をまとい、日本では石川明美のランバダがヒットして、夜遊びがトレンドカルチャーになっていました。夕方の映画館では、カップルたちが『ゴースト』をみて涙を流していました。ショートカットのデミ・ムーアが儚くて素敵で、週末には『今を生きる』をみて、なんだか純粋な気持ちにリセットされる、そんな1990年。

今年は2017年ですから、あれから27年後。歴史を生きたな、という感慨もひとしお。

大人になることは、悪いことではありませんね。振り返るリアルな過去があって、当時の音楽をきくと時代が蘇ります。

そして、1990年に、ストラスブルゴを擁するリデアカンパニーが設立されました。

わたしが入社するのは1997年。刺激的な90年代。すっかりネット社会になった2017年、もうすぐ2018年の買い付けに出かけるのですが、90年代のエネルギーが復活しそうな予感。ディスコカルチャー、異次元とのリンク、新しいステージに向かって、ファッションも進化しています。