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Norio Surikabe株式会社サポートサーフェス代表 デザイナー

研壁宣男

TITLEググってみた道−3 イタリアへ。ちょっと無謀な片道の旅

2015.01.11

衣服のデザインを学び始めた一年生の時に偶然雑誌で目にした一枚のコートの写真が、自分の人生のベクトルをイタリアへと向わせた。そのコートのデザイナーはROMEO GIGLI。当時聞いたことも観たことも無いデザイナー。何とも絶妙な分量感のコクーンシルエットのコートだった。当時名を馳せていたパリコレデザイナーの劇場型で服自体に過剰な演出が施されている作品とは明らかに空気感が違った。いわゆるコレクションに出品される服という自分が持っていた概念を覆すものだった。
全くデザインに対する力みが感じられない。
コートはモデルの体を絶妙なバランスで優しく包み込んでいるようで、ディティールのデザインとか、鉛筆の線で描ける輪郭としてのシルエットのデザインは一切頭に入ってこない。そして何よりその服を来たモデルはほぼスッピンで慎ましく凛として見えた。

彼の元で働きたいと思った。

自分は慎重な人間だと思う。石橋を叩いている内に橋が壊れてしまうのではないかと思うくらいだ。ただ一度決めるとジェット機の様に突き進む。働きたいと思ったそのときから渡航にむけて行動した。
最終的ににたどり着いたのは日本市場にロメオを持ってきたと言っても過言ではない当時高島屋の小山寿美代さん。


小山さんは、「面接はセッティングしたるわー。でも後は知らんでー。がんばりやー。」


渡航を決めた。

渡航先が物価が今と比べるととても低かったイタリアではあったが、切り詰めても4〜5ヶ月で、お金の底はつく。無謀な計画。言葉もろくに話せず、しかも知り合いもいない。正直非常に心細かったが、足下は殆ど観てなかった。

「どうにかなるや」


ファッションコンテストで得た賞金を片手にイタリアに渡ったという話もあるみたいだが、それはガセ。
それらは殆ど生活費に消えてしまった‥...。
そんな不安の中、渡航前に、バイトをしていた企画会社から、ボーナスを頂いた。
直前にデザインさせて頂いたファーストフード店のユニフォームが業界紙で〈着てみたい制服ランキング〉で1位になったりと評判が良く、その成功報酬と、餞別をかねてということで頂いたボーナス。これは本当に有り難かった。

自分自身、なんか(帰ってきたら負け)的な今思うとあまり意味のないこだわりもあったし、周りの友達からも「しばらく帰ってくんなよ」的な雰囲気もあってか、航空券は、南回りで行くイタリアへの片道航空券。(今片道航空券ってあるのかな?)

当時時代の寵児だったロメオの元には世界中からデザイナーの卵が門を叩いていた。
小山さんのおかげで面接をセッティングしてもらい、語学が殆ど出来なかった自分にはなんと通訳まで付けて頂いた。
面接は、最初となるパリコレ直前で忙しいロメオ本人ではなく、当時会社を共同でやっていた、Carla Sozzaniさん。
日本から面接用に制作した10枚近くの作品をみせる。デザイン画や写真をみせる奴はいても、はるばる極東より面接の為に作った実物を両手に抱えて面接に挑む奴なんてあまりいないだろう。それくらいしないと当時の自分の置かれたハンディは埋められない。何せ後がないのだ。
終始にこやかに応対していたカルラさん。面接の最後に
「あなたの作品は気に入ったわ!!!(多分お世辞)
ところで、あなたは英語か、イタリア語は出来る?」
と当たり前の質問が‥...。
「イタリア語を勉強してから、来なさい」
ごもっとも。
corso comoMIXのコピー.jpg
corso como - しばらく訪れてないうちにずいぶん様変わりしたようだ。今のcorso como 10のショップのあったところは、その前ロメオジリのアトリエとショップがあったところでもあり、ここには計8年位通っていた事になる。

直前のパリコレのショーチケットを頂く事が出来、夜行でパリに。
見せて頂いたショーはロメオ最初のパリコレ参加ということもあり、大盛況。終了後のスタンディングオーベーション。拍手が鳴り止まなかった。
個人的な感想は、〈ちょっとデコラティブになっちゃったかな。〉

パリ行きにはもう一つ課題があった。
それは、イタリア語を短期間で勉強出来るところを探すこと。
当時、インターネットなんて物は無かったし、そうゆう下調べを全くしていなかったので、パリにある日本の書店で、〈地球の歩き方-語学留学編〉を見て(すみません購入せず立ち読みで済ませました)、安く、短期間で講義が受けられる語学学校を探した。
結果、週20時間のレッスンで、授業料月約2万5千円位の破格。かつ、宿泊代も比較的安く外国人の受け入れ体制も整っているイタリア中部のウンブリア州、ペルージャ外国人大学の短期コースに行くことした。
パリからペルージャに直行だ。
perugiaMIXのコピー.jpg
perugia - 城壁に囲まれた丘の上の美しい古代都市。

駅に到着するも街が見当たらない。州都のはずなのに。街は何処?学校は何処?片言のイタリア語で駅員に尋ねると、丘の上の方を指をさし、バスにのって街の中心に行くんだと教えてくれる。
そうか、日本の街は駅を中心に街が広がるが、鉄道が出来るのは欧州の都市が形成されてから随分後のこと。従って駅は街の中心から離れたところにあるのだ。欧州の街の中心には教会があるのだ。
街についたものの、学校は何処なのか?入学手続きはどうすればいいのか?
東洋人に声をかけてみる「アーユージャパニーズ?」
ペルージャでの約3ヶ月に渡るイタリア語集中特訓は始まった。


つづく