【川邉季織の文藝日誌】
STRASBURGO福岡店勤務の川邉季織が気ままに綴る文藝日誌。
〈Het meisje met de parel〉(1665)
オランダ黄金時代を象徴する画家、ヨハネス・フェルメール。
レンブラント・ルーベンス・ベラスケスといった、美術の教科書でおなじみの顔ぶれとならんで、バロック期を代表する画家のひとりとして数えられています。
彼が残した作品の中で、最も有名とされるのが〈青いターバンの少女〉です。
フェルメールとモデルの少女にまつわる物語を題材とした、
映画Girl with a Pearl Earringが2004年に公開され高評価を得たことにより、
この絵画の知名度はますます高まりました。
近年では、少女が身に着けている耳飾りにちなんだ
〈真珠の耳飾りの少女〉という表題の方が主流となりつつあります。
フェルメールの作品を解説する本をひらけば必ず、
その卓越した描画力によって再現される"質感"の称賛へ行き当ります。
光の量・色・角度を巧みに描き、画面に写実性を与えることを得意としたフェルメールらしく、
〈青いターバンの少女〉に於いても、
少女の澄んだ瞳、紅く色づいた唇、白く柔らかい肌が現実的な瑞々しさをもって眼前に提示されます。
緻密な人物描写と対照に、画一的に塗られた漆黒の背景が少女の存在感を際立たせるという手法もフェルメールならでは。
物言いたげな眼差しと微笑みは、無垢な中にそこはかとない色香をにじませ、
見る者たちに「この少女はいったい誰なのか」
という今日まで続く議論を提起してきたのです。
この絵画を語る上で、少女のターバンを彩る鮮やかな青い顔料について言及することは欠かせません。
ウルトラマリンと呼ばれるこの青色は、アフガニスタン由来の鉱物ラピスラズリを原料とし、ルネサンス期のヨーロッパでは純金と同等かそれ以上の高値で取引されました。
古代ローマの博物学者プリニウスが百科全書『博物誌』の中で
「星のきらめく天空の破片」と書いたとされる(原文見つからず)ラピスラズリの青色。
当時ウルトラマリンは権威や高貴さを表し、普通の画家であれば、聖母マリアのマントや聖職者のケープなど画面のごく一部にのみ使った色でした。
しかしながらフェルメールはウルトラマリンを好んで用い、作品〈牛乳を注ぐ女〉や〈地質学者〉などに見られる通り、日常生活の中の色として大胆に落とし込みました。
没後、この高価な顔料のために莫大な借金をしたのだと噂されるほどフェルメールの作品を印象付けている深く神秘的な群青は、別名「フェルメールブルー」と呼ばれています
さて、少女の耳元を飾るのは、直径2cmはあろうかという真珠。
女として花開く前の、内面で熟したようなセクシュアリティと、穢れのない純真なあどけなさ。
そうした美の局面を飾る、柔らかな光と奥ゆかしさを湛えた真珠の耳飾り。
真珠の輝きは、ダイヤモンドのように豪華な光を撒き散らす種類の輝きではありません。
外側から引き込んだ光を内包して大切に守り、またその光がほのかに溢れるような、あたたかみのある輝きかたをします。
そんな真珠の似合う女性に、きっとなりたいものですね。